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聖マルクス墓地 ~ モーツァルトの魂の眠る場所

ウィーン滞在中のある朝、聖マルクス墓地を訪ねました。

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モーツァルトが実際に埋葬された場所がここだと言われています。
麻袋に入れられ共同墓地に投げ込まれたというだけに、正確な場所はわかりませんが、
確かに、ここにモーツァルトの魂は眠っているのだ、という印象を持ちました。

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為政者によって「つくられた」感のある中央墓地と較べると、本当に魂の休まる美しい空間。
近くに高速道路が走るため、車の騒音こそしましたが、
見上げれば木々の緑が美しく、様々な小鳥が飛び交い、妙なる調べを歌っていました。
その心静かさに、いつまでも木陰のベンチに腰掛けていたいほど。

帰国してから、同じ敷地内に、アントン・ディアベッリの墓やヨーゼフ・シュトラウスの旧墓石もある、ということを知ったので、次の訪問の折には、併せてお参りしたいと思います。



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心をひとつにすることの尊さ

フリューベック・デ・ブルゴスの指揮が凄かった、巨匠の音がした、ということは書いた。
しかし、その至芸を存分に堪能できたか、というと実はそうではなかった。
私の周りに敵がいたからである。
敵とは、中国人観光客である。
ちょうど私の左隣2人の年配者と前4人の老若二組のカップルが同じツアーの客のようであった。

始まる前からイヤな予感はしていたのだが、
「エグモント」序曲が始まって、2分も経たないうちから、
前の座席の若い男が、背もたれに後頭部をつけて天井を見上げたり、頭を掻きむしったり、耳をほじくったり、時には転た寝をしたり、と全く音楽を聴いていないばかりか、常に身体のどこかを動かしており、そのすべてが視界に入ってしまう私は、まったく音楽に集中できない。

隣の老夫婦は老夫婦で、ときどき会話をしては、笑い声を上げて周囲の顰蹙を買っている。
しかし、本当に驚いたのは、「皇帝」のフィナーレ。
前列の若い馬鹿カップルが、バッグから堂々リンゴジュースのペットボトルを取り出し、2人交互に飲みはじめたのである。私が中国語を操れれば、どんなにか罵れたのに、と思うと悔しくて仕方がない。

しかし、本当に残念だったのは、マナーが悪いことではない。
もちろん、彼らの所行は最低ではあるけれど、それでも音楽を楽しんでいてくれたのなら、少しは救いがあった。
ところが、彼らには、ブルゴスにも、ウィーン響にも、レオンスカヤにも、そして肝心要のベートーヴェンにも全く関心がない。ただ、有名な黄金の間の特等席に座っていることだけに意味があるのだ。

ウィーンは音楽の都と言うけれど、観光客の街でもある。
これまでも、写真やビデオを撮影する客に何度も遭遇し、集中を削がれることが間々あった。
モーツァルトイヤーのビッグな演奏会では、バス数台を連ねた日本人団体に遭遇してビックリしたこともある。

国内の演奏会では、まあ義理で来る人もあるだろうけど、
少なくとも外国オケやアーティストの演奏会に身銭を切って来る人は、概ね真剣に聴く。
そして名演に遭遇したときには、客席に共感の輪が拡がって、感銘がより深まったりする。

音楽とは無縁の人間がいるだけで、その周辺の空気が冷えてしまうことの恐ろしさ。
人の心は目に見えないようだけれど、同じ目標を持てば初対面でも結び合うことはできる。

音楽を通して心をひとつにすることの尊さを痛切に感じる出来事ではあった。






ベートーヴェンを訪ねる旅

本日、ウィーン~ボンの旅より無事帰国しました。

「第九」コーラス指導にはじまり、久しぶりに自分で歌ったり、
ボンでは、生家を訪ねたり、お母様マリアのお墓参りも果たせました。
(同じ墓地にはロベルト&クララ・シューマンも眠っています)

自筆スコアのファクシミリについては、「第九」(ベーレンライター)につづき、
交響曲第6番「田園」(ベートーヴェン・ハウス)、弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132(ヘンレ)も入手できるなど、結果として「ベートーヴェンを訪ねる旅」となりました。
自筆のスコアからは、整えられた出版譜以上に作曲者の魂の声が聴こえてくるようで感動的。

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弦楽四重奏曲第15番作品132自筆譜の冒頭

私のクラシック開眼が、小学校6年生の時に「第九」を聴いたことを思うと、
半世紀を生きて、原点に立ち返った、ということになりましょう。
いずれは、自分で「第9」全曲を指揮しなくてはならない、という想いも再確認できました。

記事にしたいこと、アップしたい写真は山ほどあるのですが、
帰宅したらしたで野暮用山積のため、ままなりません。
(写真をブログ用に縮尺する手間が、無精な私にはたいへんに面倒なのです)

月曜日以降、そのうちのいくつかでも思い出しつつ記したいと思います。

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左:ミュンスター広場のベートーヴェン記念碑(1845年建立)前にて
右:ベートーヴェンの母マリアの墓(旧墓地:アルター・フリートホーフ)

ウィーンの「第九」成功の巻

かなり目まぐるしい旅程のため、なかなか更新できませんが、取り急ぎのご報告です。

19日夜、ウィーン楽友協会大ホールに於ける「第九」公演は,
飯森範親マエストロによる渾身の指揮の下、成功裏に終了。
コーラスも奇跡的ともいえる出来映えをみせ、終演後の拍手も凄まじいものがありました。
何より嬉しかったのが、楽屋口で待っていてくれた一般のお客様から、
合唱団員に向けて感謝と祝福のお言葉を頂戴したこと。
団員にとっても私にとっても、厳しい練習の苦労が報われた瞬間でありました。

ついでながら、コーラスのテノールパートを充実させるため、
私自身も舞台に上がることに!
「第九」のコーラスを本番で歌うのは、かれこれ6年ぶり。
ウィーン・ムジークフェライン大ホールでは、過去に2度、指揮をしているけれど、
自ら声を出すのははじめて、ということで、図らずも歌手デビューとなりました。
めでたや、めでたや。

本番直前、当日の午前中には、飯森君とウィーンの町で買い物。
最後に寄った老舗楽譜店ドブリンガーでは、
女声合唱のための宗教作品多数の他、飯森君の熱烈なお勧めにより、かなり稀少な楽譜を購入。
ベートーヴェン:交響曲第9番全曲の自筆スコアのファクシミリ(ベーレンライター)がそれである。
完全限定版のため、すでに入手難。
飯森君を含め日本で数名しか所有しておらず、しかも国内価格の6~7割ほどとのこと。
などと、コレクター心を刺激された上、
「金が足りなければ、俺が貸す」とまで推されたとあれば、レジに向かわなければ、漢(おとこ)とは言えない。

このような指揮者になりたい

繰り返しになるが、ウィーンで聴いた音楽会は4つ。
1.アルテミス四重奏団
  シューベルト、デュテユー、ドビュッシー作品
 (6月15日 19時30分 ウィーン・コンツェルトハウス)

2.フリューベック・デ・ブルゴスの指揮 ウィーン交響楽団
  エリザベート・レオンスカヤ(ピアノ)
 ベートーヴェン:「エグモント」序曲、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
 レスピーギ:ローマの泉、ローマの松
 (6月16日 15時30分 ウィーン楽友協会大ホール)

3.ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場管
 ブルックナー:交響曲第8番
 (6月16日 19時30分 ウィーン楽友協会大ホール)

4.ゲルハルト・シュミット=ガーデン指揮 テルツ少年合唱団
 シュッツ & バッハ・ファミリーの音楽
 (6月17日 19時30分 ウィーン楽友協会ブラームスザール)

1については、すでに書いた。
残る3つの演奏会では、まず2のフリューベック・デ・ブルゴスから放たれるオーラに感銘を受けた。
もともとは、ジョルジュ・プレートルによるフランク:交響曲ニ短調が告知されており、
プレートルを生で聴く期待に胸を脹らませていた。
それだけに、指揮者の変更は大きなショックだったのだが、「エグモント」序曲の最初の一音を聴いて、負の想いのすべてが吹き飛んだ。
「おおおぉぉぉ、これは巨匠の音だぁ!」
このような重厚で重みのある音を聴くのは、なんと久しぶりであろうか!
ブルゴスの腕が振り上げられるたびに、驚くべきエネルギーが放たれ、極めて中身の濃い音楽が展開されていった。
そして、レスピーギでの目眩く色彩美とクライマックスでの凄絶な音伽藍!
これを聴けて、本当によかった。

一方、バレンボイムは、もともと15日、16日、17日と3日ともブルックナー「9番」と告知されており、
客席に着くまで「9番」を聴くつもりでいたら、購入したプログラムには「8番」の文字。
なんと日替わりで「7番」「8番」「9番」が演奏されると言うことが分かった。
しかも、「7番」には、モーツァルト:ピアノ協奏曲「戴冠式」、「9番」には、同第23番の弾き振りが前プロに置かれているというから二重の驚き。期待は大いに高まった。

しかし、演奏には酔えなかった。
バレンボイムの指揮は、どこか自分を「巨匠」に仕立てようという意志が感じられたのである。
わざと棒を曖昧にしたり、振らなかったりするのも、円熟したというよりは、演じたようにみえてしまう。
もしかしたら、私が天の邪鬼なだけかもしれないが、そう感じてしまった。
また、例えば、スケルツォのテーマを、超レガートで弾かせることで、
ブルックナー本来の自然さ、木訥さが失われていたのも残念。
これを聴きながら、マタチッチ、朝比奈、ヨッフム、ヴァントらのブルックナーの実演を聴くことのできた有り難みを再認識した、という点では収穫である。

テルツ少年合唱団の歌声には、心が洗われるようであった。
一人一人の発声が磨かれている、というわけでもなく、
アンサンブルが緻密、というわけでもない。
シュミット・ガーデンの積み上げ、深めてきた音楽が、なんの装飾もなく伝わってくる。
その「ありのままの音楽」のささやかな美しさが、前夜に聴いたバレンボイムとは対照的であった。

指揮というよりも全身から放たれるオーラの質はブルゴスとは違っていたけれど、凄まじかった。
左腕を痙攣させたようにブルブル震わすと、その波動が少年たちに伝わって素晴らしき精神的高揚を生む。
ああ、このような指揮者になりたい、と思わせてくれる素晴らしい体験であった。

※演奏曲目、写真などは、後日、余裕ができたらアップします。







ウィーン2日目

ウィーン2日目。

正午前にシュテファン寺院を訪ねる。
かつて、自分が「モツレク」を指揮をした祭壇を、遙か手前の鉄柵越しに眺めていたら、
改めて、物凄いことをしたんだな、という実感が沸いてきた。
今日は、その距離感をしみじみと味わいつつも、「いつかまた」という想いも込み上げてくる。

その後、ドブリンガーでコーラスの譜面を物色。
コーラスの譜面の売り場が、かつての別棟2階から1階に移っており、
さらには、手の届く高さに箱が置かれているので、探しやすくなった。
まずは、女声のラテン語教会音楽から!、ということで、
楽譜を見始めるや否や、店員から「閉店です」というつれない言葉。
土曜日の閉店が13時であることは、店の入り口に書かれていたが、
当方に曜日の感覚が欠落していて、本日が土曜日であることに気付かなかった。
滞在中に、もう一度は足を運ぶことを心に誓って店を後に。

※さて、この後、ウィーン国立歌劇場の売店アルカディアにて、レコードを物色、購入した話やコンサートの感想などを詳しく書いたのですが、手元が狂ってうっかり消去してしまったので、本日はここまでで失礼します。

いよいよ明日は、現地エキストラを含めての「第九」のコーラス稽古があるため、
睡眠をとらなくてはならないので、ご了承願います。


ただひとつ、20年前くらいの来日公演で聴いた「第九」に悪い印象しかなかったフリューベック・デ・ブルゴスの指揮が素晴らしかったことだけは、書いておきたい。
プレートルの代役がブルゴスと聞いたときには、大いに失望したものだが、その不明を恥じたい。
ブルゴスは巨匠になっていたのだ!
いずれ気力がでれば、詳述します。

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真夜中?の音楽鑑賞会

無事にウィーンに到着。
ウィーン・コンツェルトハウスのモーツァルト・ザールに於けるアルテミス四​重奏団のチケットを購入してあったため、ホテルに寄らず空港から​大荷物とともに会場へ直行。

シューベルトとドビュッシーは、現代的なテイストゆえ、全面的に好きにはなれなかったけ​れど、
デュティユー「夜はかの如し」は、作品も演奏も秀逸。
この名曲を実演で聴けるとは、なんたる僥倖だろう!!
アンコールは、サティの有名なジムノペディの編曲版。これはお洒落で愉しかった。

とまれ、19時半開演、21時半終演ということは、日本時間の午​前2時半から4時半!
夜更かしに慣れている私はよいけれど、同行のOさん、Mさんには酷でした。
到着日に無理するものではない、と反省・・・。

詳細を書く元気はないので​、いつか改めて・・・。

というわけで、おやすみなさい。

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Artemis Quartett
Freitag, 15. Juni 2012, 19:30 - ca. 21:20 Uhr Mozart-Saal

Interpreten
Artemis Quartett, Streichquartett

Programm
Franz Schubert Streichquartett a-moll D 804 «Rosamunde» (1824)

Henri Dutilleux Ainsi la nuit (1974-1976)

***

Claude Debussy Streichquartett g-moll op. 10 (1893)

しばらく留守にします

本日より23日まで、ウィーン~ボンの旅をしてきます。
以前お知らせした、飯森範親君の「第九」演奏会に同行し、コーラスの指導をしてきます。

今回は携帯を持参しないため、携帯メールなど一切読めません。
関係者の皆様にはご不便をおかけしますが、ご了承ください。

もし可能なら、現地で更新します。

なかにしあかね先生よりの嬉しいメール

去る6月3日の湘南合唱祭のあと、なかにしあかね先生に
「ご講評の一部をブログに紹介させていただいてもよいですか?」
と質問のメールを送ったところ、

ヴォイス2001素晴らしいですね!
新鮮なエネルギーを感じます。
きっと、福島先生のお人柄と清々しいリーダーシップで信頼関係ができているんだろうなーと
感じられるステージでした。


との添え書きと共に、ご快諾のご返信を頂戴しましたので、下記に転載させていただきます。

『ことばと音楽を一人一人がしっかり身の内におろしそこから確実な歌としてうたって下さっていると感じます。
これはもう確かな皆さんの歌です。細かい動きにも音楽性のぶれない安定感が心地よいです。
ありがとうございました。』                    
なかにしあかね


あかにし先生の作品に出会え、同じ時代を呼吸していることの歓びを胸に、
ヴォイス2001ともども、精進を重ねていきたいと思います。

なかにしあかね先生、この度は誠に有り難うございました!

演目
1.「ケヤキ」~まど・みちおの詩による合唱組曲『よかったなあ』終曲
2.「いちじくの木の下で」~女声合唱組曲『今日もひとつ』第4曲


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2011年7月18日 厚木市合唱祭に於ける初演の日に

スウィング ロビンへのお誘い

昨夜、町田の女声合唱団スウィング ロビンには、なんと4名も新人が一挙に入団してくれました。

先日の湘南合唱祭で、なかにしあかね先生から高く評価していただいたヴォイス2001も、
昨年来、新人が増えて活気づいており、身の回りによい風が吹いています。
僕の指導する他の合唱団にもよい流れのお裾分けがありますように!!

この度ご入団の新しいお仲間は、それぞれにコーラス歴があって即戦力。
ご家庭やお仕事の都合でお休みの団員が多い中、来るべき二つのコンサートへの見通しがたちました。

そんな折、地元タウン紙「ショーッパー」に紹介記事が載りました。

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スウィング ロビン 今後の予定

9月16日(日)  チャーチコンサート 於・聖徒教会(恵比寿)
           14時30分開演

11月11日(日)  町田市合唱祭 参加(出演時間未定)

12月24日(月・祝)第1回コンサート 於・杜のホールはしもと
           14時開演(予定)

取りあえず、上記のうち、チャーチコンサートの曲目予定をお知らせしておきます。

三善晃
麦藁帽子(または、高田三郎 「秋を呼ぶ歌」)

木下牧子 編
合唱のためのマザーグース・メロディー 「こまどりをころしたのだれ?」
ねこちゃん/おかみさん/クリスマスの朝/ロンドン橋/子守歌/目の見えない三びきのねずみ/
こまどりをころしたのだれ?/キラキラ星


信長貴富
寺山修司の詩による6つのうた「思い出すために」
かなしみ/てがみ/世界のいちばん遠い土地へ/ぼくが死んでも/思い出すために/種子

休憩

ヘンドリク・アンドリーセン
Missa Sponsa Christi (ミサ「キリストの花嫁」)
キリエ/グローリア/クレド/サンクトゥス/ベネディクトゥス/アニュス・デイ

高田三郎
典礼聖歌 
1.風がどこから
2.谷川の水を求めて
3.わたしは門のそとに立ち 
4.復活の続唱 
5.アッシジの聖フランシスコによる平和の祈り

ピアノ:古門由美子


写真のショッパー記事には、月2回木曜日のレッスンとありますが、
7月より、木曜夜に「東大和メサイア」レッスンが入るため、月曜夜などに変更があります。
その他、自主練習もあります。
練習会場(町田市立南中学校)には広い無料駐車場あり。
(東名高速道路 横浜・町田ICより車で10分未満)

入団や見学の申し込み、お問い合わせは、042-795-5280(幡野)まで、お願いします。



運命の日 ~ 2000年前の呼び声を(追記あり)

日付がかわって、いよいよ運命の6月3日!

今日、厚木の女声合唱団「ヴォイス2001」は、湘南合唱祭(於・伊勢原市民会館)に出演する。

演目は、なかにしあかね先生の作品を2曲。
1.「ケヤキ」~まど・みちおの詩による合唱組曲『よかったなあ』終曲
2.「いちじくの木の下で」~女声合唱組曲『今日もひとつ』第4曲

なぜ運命の日かというと!
講師としてお迎えするなかにしあかね先生ご夫妻の御前演奏を行うからである。作曲家に演奏を聴いて頂けるとは、なんという幸せであろうか。

「ケヤキ」を含む『よかったなあ』は、2010年厚木市合唱連盟による委嘱作品でもあり、厚木を代表する団として、責任あるパフォーマンスをしたい。
一方、「いちじくの木の下で」では、2000年前に木の上のザアカイに呼びかけたキリストの声が、会場に聞こえるように指揮をしたいと思う。

「ザアカイ、ザアカイ、いそいでおりてきなさい」

その呼び声に、キリストの信徒となった税吏官ザアカイのように、
多くの迷える人々に、私のもとに来て歌いなさい、という想いも込めて。

なお、ヴォイス2001と私は。7月の厚木市合唱祭で、信長貴富先生の御前演奏(私としては、女声合唱団「スウィングロビン」~町田市合唱祭に次ぐ2度目)することになっており、今年はそういう巡り合わせのようである。



ファウストの如く

吉備混第3回コンサートのライヴCDテスト盤。
締切○日遅れの原稿を書き上げて、ようやく試聴している。

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団員の成長は凄い。
「水のいのち」の集中力と魂の高揚ぶり​は特筆もの。
中島尚子さんのピアノも素晴らしく、自分としても、一段上のステージへ昇れたような気がする。
これなら、高田留奈子先生に献上しても大丈夫そうだ。

フォーレ「レクイエム」も、献身的なオーケストラに​よる妙なるアンサンブル(ゾクゾクするほど)に支えられて、吉備​混としては最美のパフォーマンスを披露してくれた。
「サンクトゥス」での、中島慎子さんのviol​in独奏は絶品。
ただの美音ではない、魂の奥深くま​で忍び込んでくる音!
バリトン独唱の奥村さんには、もう少し僕の方から歩み寄ってあげ​たかったかなぁ。

それも含め、自分の指揮については、確かな手応えとともに反省点​も多し。今後はもっともっと深い呼吸と悠久のテンポ設定を自らに​課していきたい。

まあ、ファウストの如く「留まれ、お前は美しい」と満足したら音​楽家は終わり。
精進の日々は、これからも生ある限りつづく。
プロフィール

福島親方

Author:福島親方

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