スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

このような指揮者になりたい

繰り返しになるが、ウィーンで聴いた音楽会は4つ。
1.アルテミス四重奏団
  シューベルト、デュテユー、ドビュッシー作品
 (6月15日 19時30分 ウィーン・コンツェルトハウス)

2.フリューベック・デ・ブルゴスの指揮 ウィーン交響楽団
  エリザベート・レオンスカヤ(ピアノ)
 ベートーヴェン:「エグモント」序曲、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
 レスピーギ:ローマの泉、ローマの松
 (6月16日 15時30分 ウィーン楽友協会大ホール)

3.ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン国立歌劇場管
 ブルックナー:交響曲第8番
 (6月16日 19時30分 ウィーン楽友協会大ホール)

4.ゲルハルト・シュミット=ガーデン指揮 テルツ少年合唱団
 シュッツ & バッハ・ファミリーの音楽
 (6月17日 19時30分 ウィーン楽友協会ブラームスザール)

1については、すでに書いた。
残る3つの演奏会では、まず2のフリューベック・デ・ブルゴスから放たれるオーラに感銘を受けた。
もともとは、ジョルジュ・プレートルによるフランク:交響曲ニ短調が告知されており、
プレートルを生で聴く期待に胸を脹らませていた。
それだけに、指揮者の変更は大きなショックだったのだが、「エグモント」序曲の最初の一音を聴いて、負の想いのすべてが吹き飛んだ。
「おおおぉぉぉ、これは巨匠の音だぁ!」
このような重厚で重みのある音を聴くのは、なんと久しぶりであろうか!
ブルゴスの腕が振り上げられるたびに、驚くべきエネルギーが放たれ、極めて中身の濃い音楽が展開されていった。
そして、レスピーギでの目眩く色彩美とクライマックスでの凄絶な音伽藍!
これを聴けて、本当によかった。

一方、バレンボイムは、もともと15日、16日、17日と3日ともブルックナー「9番」と告知されており、
客席に着くまで「9番」を聴くつもりでいたら、購入したプログラムには「8番」の文字。
なんと日替わりで「7番」「8番」「9番」が演奏されると言うことが分かった。
しかも、「7番」には、モーツァルト:ピアノ協奏曲「戴冠式」、「9番」には、同第23番の弾き振りが前プロに置かれているというから二重の驚き。期待は大いに高まった。

しかし、演奏には酔えなかった。
バレンボイムの指揮は、どこか自分を「巨匠」に仕立てようという意志が感じられたのである。
わざと棒を曖昧にしたり、振らなかったりするのも、円熟したというよりは、演じたようにみえてしまう。
もしかしたら、私が天の邪鬼なだけかもしれないが、そう感じてしまった。
また、例えば、スケルツォのテーマを、超レガートで弾かせることで、
ブルックナー本来の自然さ、木訥さが失われていたのも残念。
これを聴きながら、マタチッチ、朝比奈、ヨッフム、ヴァントらのブルックナーの実演を聴くことのできた有り難みを再認識した、という点では収穫である。

テルツ少年合唱団の歌声には、心が洗われるようであった。
一人一人の発声が磨かれている、というわけでもなく、
アンサンブルが緻密、というわけでもない。
シュミット・ガーデンの積み上げ、深めてきた音楽が、なんの装飾もなく伝わってくる。
その「ありのままの音楽」のささやかな美しさが、前夜に聴いたバレンボイムとは対照的であった。

指揮というよりも全身から放たれるオーラの質はブルゴスとは違っていたけれど、凄まじかった。
左腕を痙攣させたようにブルブル震わすと、その波動が少年たちに伝わって素晴らしき精神的高揚を生む。
ああ、このような指揮者になりたい、と思わせてくれる素晴らしい体験であった。

※演奏曲目、写真などは、後日、余裕ができたらアップします。







スポンサーサイト

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【このような指揮者になりたい】

繰り返しになるが、ウィーンで聴いた音楽会は4つ。1.アルテミス四重奏団  シューベルト、デュテユー、ドビュッシー作品 (6月15日 19時30分 ウィーン・コンツェルトハウス)...

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

福島親方

Author:福島親方

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
親方カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
ただいまの訪問者
現在の閲覧者数:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。